ハンセン病問題シンポジウム出席(校長ブログ256)
昨年度に引き続き(校長ブログ213)、今年度もハンセン病問題シンポジウムに開智生が参加し、会場である仙台にてプレゼンテーションを行いました。主催者のご厚意でシンポジウムの見学を希望する開智生を仙台までお招きいただきました。ありがとうございました。発表を行った5人(4年生:五十嵐さん、トモリさん、呂さん、5年生:佐藤さん、中村さん)に話を聞きました。長文となってしまいましたが、ご紹介したいと思います。
~~参加のきっかけと活動内容(4年生)~~
GBコースのプレDP現代文の授業で、1つの小説を読んでコメンタリー(論評)を書くという課題があり、そこでハンセン病を題材にした『あん』という作品を読みました。 授業でのディスカッションの終盤に、担当の田中先生からお誘いがあり、このメンバーで参加することになりました。4年生は主に調査を担当しました。ハンセン病資料館や群馬県にある「栗生楽泉園(くりうらくせんえん)」という療養所を訪問し、様々なお話をお聞きしました。 そこには、かつて規律に反したとされた患者を収容した「重監房(じゅうかんぼう)」という負の歴史を持つ遺構があり、学芸員の方から詳しくお話を伺いました。また、以前入園されていた方に直接お会いしてインタビューも行いました。
~~参加のきっかけと活動内容(5年生)~~
昨年の活動を4年生に引き継ぐという役割と、啓発活動を主に担当しました。4年生とともに、文部科学省の「こども霞が関見学デー」というイベントにも参加しました。私たちが講師役となって、小学生たちに向けてハンセン病問題に関する授業を行いました。昨年インタビューさせていただいた方から「患者本人だけでなく、その家族の苦しみ(家族訴訟)にもフォーカスしてほしい」というご要望をいただいていました。そのため、患者本人の訴訟と家族訴訟の違いや、家族がどのような想いで裁判に向き合ったのかを深掘りしました。
~~活動を通して、感じたこと・学んだこと(4年生)~~
これまでハンセン病という病気やその歴史を全く知らなかったので、純粋な知的好奇心として「この病気の歴史をもっと知りたい」と思ったのが活動に参加した一番大きな動機です。実際に資料館で展示を見たり、当事者の方から直接お話を聞くことができたことは非常に大きな経験でした。ただ、今回の調査はどうしても「被害者目線」が中心になりました。差別をなくすためには多角的な視点が必要だと思いますが、実際には療養所での過酷な歴史や被害の実態を追うことが主軸だったので、まだ見えていない視点があるのではないかと感じています。なぜ政府は「ハンセン病は感染力が強い」と言い、国民全体がその情報に騙されたのか、あるいは政府が主導した隔離になぜ国民全体が賛同してしまったのか。そうした調査もあれば、今後の「本当に差別をなくす」という活動に繋がったのかなという思いも感じています。
私たちは「ハンセン病」というラベルだけで見てしまい、「きっと辛い人生を歩まれ、政府に対しても怒りを抱えているのではないか」と思っていました。ですが、実際にお会いした方は「人生には山あり谷ありだから、そういうことは気にせず前向きに生きていこう」と仰っていて、 直接接してみないと分からないことがあるのだと驚きました。物事はそんなにシンプルではないからこそ、多角的に見るべきだと学びました。
言葉の用い方に関して、人によって受け取り方が違うということを考える機会は、今までありませんでした。公に発表する文章において、どの程度の配慮が必要なのか。配慮したつもりでいても、結果として不満を感じる方がいるかもしれません。 今回のシンポジウムで当事者の方が指摘してくださらなければ、私たちはこのことに気づけませんでした。「なぜ私たちはこの言葉を選んだのか」という一定の説明を尽くすことの重要性を学びました。
「話さないと分からない」一方で、話を聞きに行くことの難しさも感じました。今回お話をしてくださった方が、後日「高校生の前だから、辛かったことは全部は言えなかったんだよね」と仰っていました。 知ろうとすること自体が自分勝手になっていないか、土足で踏み込んでいないか。そうした「配慮への配慮」も必要だと思いました。
「分かった気にならない」ことが大事なのだと思います。知らないから知ろうとするけれど、結局すべてを知ることはできない。知識として相手の人生を知っても、自分の価値観で見てしまったら、それは相手の真実ではなくなってしまう。「分からない」と自覚すること、それ自体が配慮の第一歩なのかもしれません。
~~活動を通して、感じたこと・学んだこと(5年生)~~
今年は後輩がメインで動いていたので、私たちは啓発活動を継続する中で「できること」を探していました。こども霞が関見学デーのように、相手に合わせて専門用語をどれくらい使うかなど、伝える工夫を考える過程で、「相手のことを考えて行動する」という面で成長できたと思っています。
私は今年、この活動が「自分の人生にどう生かされるか」を意識していました。今はネット社会で、誰もが簡単に加害者にも被害者にもなり得ます。加害者側に「加害している」という意識が欠落していることが問題を生むのだと思います。いじめやハラスメントもそうですが、「相手がどう思ったか」という被害者側・マイノリティ側の視点に立って物事を見ることは、自分の視野を多角的にしてくれます。
社会問題に対する考え方が変わりました。SDGsやジェンダーについても、授業で学んでいるうちは、どこか「自分には関係ない、自分にできることは少ない」と他人事のように捉えていました。 でも、ハンセン病の啓発活動を通じて、高校生の自分たちでも、家族や授業を聞いてくれた人たちに少しずつ変化を与えることは可能なのだと実感しました。社会問題を「自分事」として考え、自分にできることを探していく姿勢が身についたと思います。さらに、自分が気づかないうちに誰かを傷つけているかもしれないという「危機意識」を持てたことが大きな学びでした。ハンセン病問題もそれと同じで、過去の事実を学び、自分たちの意識を変えるきっかけにしていかなければならないと感じました。
~~今後について~~
「なぜこれほど差別が広まってしまったのか」という心理学的な側面を調査してみたいです。身近な人、特に自分より下の世代へ伝えていく活動はこれからも続けたいです。
私は「どうしたら人は平和になれるのか」をずっと考えてきました。今回「人は分かり合えない」という壁にぶつかりましたが、差別問題に一生を捧げるような素晴らしい仕事をしている人がいる一方で、私はそこまで感情的になりすぎると疲れてしまう自分にも気づきました。 だから、自分が直接やるだけでなく、他の人に機会を「パス」する役割ができたらいいなと思っています。
私は「ラベルで人を判断しない」という意識をこれからも持ち続けたいです。私自身、日本の中ではマイノリティ寄りの存在だと感じることがあります。自分がまず変わることで、周りも自分に対してそのように接してくれるようになると信じて、自分から意識を変えていこうと思います。
相手のことを考えて伝える力は、将来の目標にも直結する部分です。IBの授業でも行っている「多角的に考える力」を、これからも養っていきたいです。
私は将来、海外の大学に行きたいと考えています。異なるコミュニティの人と接する際、日本では許されることが海外では許されない場合もあるでしょう。そうした細かい配慮ができる人間になりたいと思います。
~~インタビューを終えて~~
積極的に外に出て行って多くのことを学ぶ、ということを常に生徒に投げかけています。「経験から学ぶ」姿勢が年々高まっていると感じます。この取り組みにしても、「まずはやってみる」という段階から、「社会は決して単純な構造ではないということを考える」 段階に進化しているように思います。「世の中には正解はない。ないが、あきらめずに、世の中を良い方向に変えていく努力をする必要がある。」というふうに考え始めていると、生徒たちの姿勢から感じました。いつも開智生の言葉には、私自身も多くのことを考えさせられるということを痛感しています。




